2008年7月31日

山鉾巡行は美しい

祇園祭の懸装品は、美しい。
職人が技術の粋を集め、自らの誇りをかけた作品は圧倒的な存在感を放つ。日本人の美の感性と祈りを凝縮した伝統の文様は、私たちの心の奥にある感性を呼び覚ます。

祇園祭の山鉾は、さらに美しい。
ご神体が乗り、人々が見守るその姿は、町の守り神そのものであることがよくわかる。山鉾に飾られた懸装品は、さらにその輝きを増し、山鉾を生き生きと映えさせる。

また、祇園祭のお囃子も、美しい。
鉦と笛と太鼓の音はただの音楽ではなく、私たちの心の奥まで届く何かを秘めている。私たちの気持ちを高揚させ、まさしく私たちを「囃し」立てる。

そして、山鉾巡行は、もっとも美しい。
懸装品に飾られた山鉾に町内の方々の乗り、お囃子を奏でる。そして、私たちが人力で曳く。肉体美...というには少し違うが、人々の技と力で10トンもある山鉾を辻回しする姿は圧巻だ。
山鉾巡行では、懸想品とそれを構成する山鉾、お囃子、そして人々の力がここに凝集し、複合的な美を生み出しているのではないか。

2008年7月27日

彼の音楽があって、僕らがいて

今回のテアトロン公演が終わった。すり鉢状の客席とステージの向こうに広がる遠景の瀬戸内海は絶景だ。
ひと夏の思いを共有するためにこの場に集い、3時間半の公演に集中する。30余年にもわたって積み重ねられた彼の音楽と、僕たちがその音楽とともに過ごしてきた時間を重ねる。ただの音楽ではない。僕たちの心を震わす旋律と歌声は、過去の記憶や感性をよみがえらせ、苦難をも乗り越えさせてくれたことも思い起こさせる。そして今、自分がここにいることを実感させる。

懸命に歌う彼がいて、それを全力で受け止める僕たちがいる。この場に寄せられたエネルギーは、一瞬にして燃え上がり、海の彼方へ吸い込まれていったようだ。音楽を通して人々が場を共有し、その感動を持ち帰って、また平凡な日々に戻っていく。その余韻は、日々の雑踏に揉まれてすぐに消えてしまうけど、感動を伴った鮮やかな記憶として、僕たちの心に刻まれる。