2008年4月11日

私はメディアのように

京都ものづくり塾は「伝統産業における作り手と使い手の橋渡し」となって、停滞している伝統産業界に新しい活路を見出したいと思っている。伝統産業の職人はものをつくることに没頭してきたがために、販路も消費者を開拓する手段も持たない。彼らのプロダクトを言葉にして使い手に伝える立場が必要だ。また、ブログミーツカンパニーは、生活者が企業に対して感じている改善提案を送ることで彼らをつなぐ。生活者は欲しいと思っても商品として販売されていなければ、選択の余地がない。欲しい商品を手に入れるために、企業へ声を届ける。企業は、社内にいては見えない生活者の声を聞き、生活者の要求を正しく把握し、それを具現化する機会を得る。

いずれの団体においても、自分が活動していることは、メディアのようなものと感じている。異なるセクターにいるひとたちのインタフェースに立ち、互いの言葉を伝える。単一のセクターにいては閉塞感に陥って見えないことを、気付かせる。そして、彼らをつなぎ、新しい価値を生み出すのだ。

一般に「メディア」と呼ばれるものの役割とは、そういうものなのだろう。自分自身がものを生み出すのではない。自分が媒体(メディア)となって、自分の持つ膨大なデータベースからマッチングし、ひとつのベクトルへ導く。その実現には、「意思」と「共感」がキーとなる。

2008年4月6日

いざ、学術の場へ

この4月から、大学院へ通うことにした。もちろん、仕事を続けながら、夜間と土曜などに講義を受けてのことだ。来年1月までに修士論文を作成しなければならない。

これは、今までの活動を論理的に纏め上げ、より説得力のあるものへと強化するために「学術」という術を身につけるためだ。これを通して得られる学位は、あくまでも副産物として捉えている。職場でのキャリア形成に役立ってくれればこれ幸いといったところ。

ブログミーツカンパニーの活動は、代表の広田らの発想に依存している部分が大きい。私はその活動趣旨に強く共感し、直感的に面白みを感じた。私以外にも、これに共感し、活動に参加してくださる方もおられる。社会背景を踏まえて考えると、そんな時代に入ってきているように感じる。しかし、これはあくまでも直感であり、論理的な裏づけはないのだ。

「だから、ブログミーツカンパニーなんだよ」といえる根拠を提示できるように、そのツールとして学術を用いる。社会をめぐる情勢とともに論じ、体系的に纏め上げ、世に広く知らしめることは私自身にとっても大きな糧となるだろう。

さぁ、いよいよ走り出します。